再生能力

人間は一度腕が取れてしまうと生えてこない。でも傷はふさがる。TVで、遺伝子は人間の設計図だなんて話をよく聞くけど、設計図があるのならもう一度腕を作ればいいのにと思う。設計図を読んで同じものを作れる機能が無い? でも生まれてくるときは作られている。つまり、一度しか作れないということなのか。小さな集合から大きな集合に少しずつ成長する過程では、設計図どおりに作られるけど、突然壊れてしまったり消失してしまった部分だけを初めから作ることはできない設計であると。木なんかの植物も、枝を切り落とすと元と同じ状態の枝は修復されない。ただ、切った付近から小さな枝がたくさん生えてきて、少しずつ成長を続ける。人間の腕を切り落とすと、切った付近から小さなたくさんの腕が生えてきて、少しずつ成長を続けるのはどうだろう。気持ち悪い? 人間は腕が2本と決まっているからか。そういえば、3本あると異常だと言われる。しかし、木の枝は2本に分かれていたり、3本に分かれていたりしていても気にならない。そういうものだからか。人間の設計図には、腕は2本であると明確に記してあるけど、木の設計図には枝の具体的な数は記されていないということだろうか。しかし、同じ種類の木で、枝が1本しかない棒のような木や、枝がいきなり100000000000本に分かれているホウキのような木が育つことは経験上ないと言える。つまり、少なくとも範囲があるのか。範囲というのは具体的になんなのか。この木の枝は100〜300本などという具体的な数値が記してあるとは考えにくい。枝が分かれるかどうかを決定している擬似乱数が一定のパターンを持っているのか。それとも、枝が分かれるのに必要な栄養量があり、根から吸い上げる栄養量が大体一定だから、大体一定の枝の本数になるとかそういうものか。私は遺伝子とかはシロウトなので、実際どうなのか知らないけど、人間の腕が2本なのは木が枝の数を決めている方法とは違っていて、どちらかというと、葉は枝の末端にしかできないのと同じような方法で記してあるのだと思う。
この生物の設計図と言われる遺伝子はどこにあるのか。人間の場合は、どこにでもある。刑事ドラマでDNA鑑定をするときに髪の毛や皮膚などさまざまなところから摂取しているのでどこでもあるのだろうと思う。マンガに出てくる卓越した自己再生能力を持つ大体の敵キャラは『核』という設計図を1つ持っていて、それを壊されると再生できなくなる。これは、その生物が1つである証拠だと思う。人間は、意識があるから自分はひとりである思うけど、設計図が細胞毎にあるのなら、実はP2Pな部品の集合体だろう。群体サンゴは1つの生物に見えるけど、実際はたくさんの生物だし。
わたしは、P2Pネットワークの再生機能としては、人間よりも植物やサンゴのほうが優れてた能力を持っていると思う。でも、ネットワークの複雑さでいうと人間のほうがずっと上。複雑なネットワークを作るためには詳細な設計図と制約が必要になる。でないとうまく複雑なものが作れない。複雑なものは再生が難しい。単純なものは再生が簡単。どこでバランスをとるかが重要だと思う。
最終的に無責任なバランス論になったが、最良の位置を正しく認識できればそれでいいと思う。